どこがオモシロイの? フォーミュラE

2019/07/30
  • クルマ・技術
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先日ニューヨークで最終戦が行われた、2018/19フォーミュラE(FE)。日産は参戦初年度で、13戦中予選ポールポジション6回、優勝1回、表彰台7回という好成績を残しました。

今回は、若手広報部員の春川(仮名)が、社歴27年の古参広報部員の大山(仮名)に、日産がFEに挑戦する理由、またFEを楽しむポイントについて質問責めにした内容をまとめました。

EVの特徴を逆手にとる

春川:そもそもFEって、電気自動車のレースなんですよね? ガソリン車のレースが電気に置き換わっただけ?

大山:それだけじゃないんです。今までやってきているフォーミュラ1(F1)やツーリングカーレースをEVに置き換えただけでは、迫力とかおもしろさが足りない。「レース」というものが未来永劫続いて、みなさんに楽しんでいただけるイベントであり続けるために、仕組み自体を変えなくちゃいけない。元々の自動車ファンやレースファンの皆さんからすれば、「エンジン音がバンバン鳴らない」「F1ほどスピードが速くない」と思われるかもしれませんが、むしろそれを逆手にとって「音が小さい」ことで都心部でレースができる、あるいは夜間でもできるというメリットもあるんです。

春川:なんで都心でできるんですか?

大山:理由は車外騒音です。既存のレースの爆音をそのまま東京や横浜の都心に持ってきたら、苦情がきますよね。夜間などはもってのほか。でもFEの音量だったら都心でも問題ない。排出ガスもないので、都心部に向いているんです。またナイトレースを暑い国の街のど真ん中で行うと、「安眠妨害だ!」となってしまいますが、FEは静かなので、例えば夜仕事帰りに飲みに出かける、あるいはクラブに繰り出す、と同じような気軽な感覚で観にきていただける。来場のハードルを下げる仕組みになっています。

春川:都心だと交通費も安く済みますよね。

大山:日本もそうですが、サーキットは山の中や遠方にあることが多いので、クルマでないと行けなかったり、あるいは宿泊が必要になったりとハードルが高いです。しかしFEの開催場所はアクセスが良いので、身体的にもハードルが下がります。

スプリントと耐久レースのいいとこどり

春川:他のいいところはなんですか?

大山:既存のレースでは、例えば米国発祥のものはオーバル(楕円のコース)を周回して、最高速を競うのを楽しみます。また欧州発祥のものは日本も含めツイスティでテクニカルなコースを周回して、ピットインでのタイヤ交換や給油などの作戦を練って、順位が変わるのを楽しむというおもしろさがあります。FEは絶対的な速さを追求したりピットインしたりすることはないですが、F1のようなスプリント(短距離)レースのおもしろさと同時に、ル・マンなど長距離レースでの燃費競争みたいなものがあって、速く走りつつバッテリーを最後まで保たなくてはいけない。エネルギーマネジメントをしながら競い合う耐久レース的なおもしろさもあります。

(左:オーバルコースの一例「デイトナ」 右:耐久レースの一例「ニュルブルクリンク」)

春川:バッテリー切れでリタイアすることもあるんですか?

大山:たまにあります。ただ、シーズンが進むにつれて各チームでノウハウが貯まってきているので、今季後半には「電欠」で止まってしまうクルマは減りましたね。

春川:「ガス欠」じゃなくて「電欠」なんですか。

大山:そう。ガソリン車のレースでは、ル・マンやニュル24時間、スーパーGT鈴鹿1,000kmなどの耐久レースでもガス欠は結構あります。燃料をたくさん入れれば長く走れる=ピットインの回数を減らせる=タイムロスを減らせますよね。しかし電池とちがってガソリンは液体ですから、燃料を多く積めば重くなって、クルマのスピードが遅くなってしまう。

(左:赤のケーブルが充電、青が冷却 右:スーパーGTでの給油作業)

春川:あっそうか! バッテリーはフル充電してても、重さが変わらないですね。

大山:そうそう(笑)。そういう意味では、燃料は計算がとても難しい。ガソリン車では自分が走る距離に必要最小限の燃料しか入れたくない。でもバトルに入ると、ドライバーも闘争本能が刺激されてつい余計に踏んでしまって、想定よりも燃料を使いすぎてしまう。結果、ゴール前でガス欠というドラマも起こり得ます。

春川:マラソンや駅伝でもそうですね。ところでピットインのときに燃料を給油するレースはありますが、FEは「給電」ってやるんですか?

大山:日産が参戦する前のシーズン4までは、バッテリーが決勝レース1回分(当時は80〜90km)もたなかったので、途中でマシンを「乗り換える」という作業が発生していました。これがファンからはあまり好評ではなかったんですが、技術の進歩で45分+1周の決勝レースを一気に走りきれるようになりました。

技術に支えられた、ファンが直接参加できる仕掛け

春川:そのぶん駆け引きや楽しみが減っちゃったんじゃないですか?

大山:いやいや。ガソリン車の場合、レース途中で馬力を変えることってできませんよね。もちろんスイッチで燃料を濃く吹けば速くなるとか、薄く吹けば燃費が上がるとかはあります。でもEVの場合は細かい制御ができるので、レースの途中で遠隔操作や手元のスイッチで出力を変えることができる。そのEVならではの特徴を活かして、FEでは「ファンブースト」「アタックモード」という、独自の仕掛けがあります。

春川:どんな仕組みなんですか?

大山:これまでもレースは、ファンが応援して、選手がそれに応えて頑張ることによって勝ち負けがあるというのが普遍的な構造でした。インタビューでは選手の方が「皆さんのご声援のおかげで」と語りますが、ファンとしては「ホントに自分の応援が効いて勝ったのかな!?」と思う方もいるでしょう。

春川:そりゃあの爆音の中、スタンドの声援が聞こえるかわからないですもんね。

大山:ドライバーに話を聞くと、実際ゴール間際のどよめきは結構聞こえるようですけどね。あとスタンドで振られている旗が見えて精神的に励みになるとか。この応援を物理的に選手に届けようという仕組みがファンブーストなんです。

春川:その物理的ってのはどういう意味ですか?

大山:ツイッターで選手名と#FANBOOSTというハッシュタグをつけて投稿するだけです。例えば日産で言えば、#SebastienBuemi または#OliverRowland と#FANBOOSTを並べてツイートします(公式サイトからの投票も可)。それで得票数の多い上位5番手までの選手は、決勝の試合中一定時間、通常の出力200kWにプラス50kW与えられるんです。

春川:随分インタラクティブですね。じゃあ組織票とかできちゃうじゃないですか。

大山:むしろ組織票上等!という感じで、たくさんファンから声援が上がれば「推し」が速くなる訳です。もちろん1アカウントから同じ選手に連続で投票してもカウントは1票ですが、翌日別の選手に投票することもできますし、そうやってどんどん投票することで自動的にSNSでも盛り上がるじゃないですか。

春川:それはガソリン車のレースでは難しいんですか?

大山:オーバーテイクボタンの作動制限と組み合わせたりすれば完全に不可能ではないと思いますが、結構難しいと思います。ファンブーストの締切は決勝のスタートから6分後までで、それを主催者が集計して、通信技術を使って遠隔操作で各車を制御するので、やはりEVならではの仕組みですね。

春川:今話題の「コネクテッドカー」(つながるクルマ)じゃないですか。

大山:それだけじゃないんですよ。ゲームソフトの「マリオカート」(任天堂)のように、指定のレーンを通ると一定期間出力がプラス25kW上がる「アタックモード」という機能があります。

春川:あっ、まさにマリオカートはその黄色い矢印(>)が路面にマークしてあって、そのゾーンは本来走るべきラインよりちょっと遠回りの場所に設けられているので、指定ゾーンを通過しそびれると逆に抜かれてしまうという諸刃の剣。

大山:前のクルマを追い抜きたい、または迫り来る後続車を引き離したいときに使います。これを実現するために、センサーやGPS、通信、車両制御技術が組み合わされています。これもEVならではですね。一方で、当然ファンブーストやアタックモードを「行使」すると、バッテリーの電力を消費します。エネルギーマネジメントも勝敗を左右します。ファンブーストやアタックモードの状態や使用回数、バッテリーの残量は電気信号なので、コネクテッドの恩恵で、主催者だけでなくTVやネット中継の画面に表示されるので、観客もリアルタイムで見ることができるんです。

ガソリン残量をリアルタイムで正確に見ることはできませんが、バッテリー残量は%で表示されるので、例えば視聴者は「このクルマは今しゃかりきで追いかけているけど、残量が少ないから厳しいな」とか「このクルマはまだ温存して後半に攻める気だな」とかがわかりますよ。

中継映像にもファンが楽しめる工夫が

春川:「だだ漏れ」ですね。

大山:レース場に行くのもハードルは低いですが、生中継もBSの日本語放送だけでなく、ツイッターライブで主催者が配信していて、視聴するのもハードルが低いんです。放送それ自体も、既存のレース中継とはちょっと違った趣向を凝らしてあって、オーバーテイクするとドライバーが「イェーイ」とガッツポーズする映像が流れたり、抜かれたりクラッシュしたりするとガッカリと肩を落とす選手の映像が流れたり。

春川:本人の映像なんですか?

大山:そう、実写です。おそらくシーズン開幕前に全員分のプロフィール写真とともに撮り溜めているんでしょうね。あとレース好きから見ても「助かる」と思うのは、マシンや中継映像にゼッケン番号だけでなく、ドライバーの3文字の略称が大きく書かれているんです。例えばブエミならBUE、ローランドならROW、ジャン・エリック・ベルニュなら頭文字をとってJEVとか。これで「XX号車がクラッシュ!」と映像を見ても「ええと、ドライバーだれだっけ?」と照合しなくて済むんですよ。レースを見慣れていても記憶力の悪い自分には嬉しい工夫です(笑)。

春川:中継映像といえば、このあいだ声が聞こえるって言ってましたね。

大山:全チームのピットと選手間の無線交信が公開されています。F1でも公開されていますが、EVですから爆音でかき消されることなく、クリアに無線のやりとりが聞こえるんです。車両の情報、選手のGIFアニメ的な演出とあいまって、映像を見ているファンの皆さんは一緒に参加しているように楽しめますね。

春川:ファンブーストとか、アタックモードとか、中継映像の見せ方とか、なんかゲームっぽいですね。他のレースでもやればいいのに!

大山:こうした「ゲーム性」の工夫によって、FEの主催者は既存のレースファン、クルマファン以外の層も取り込もうとしているんでしょう。この辺はいろいろなカテゴリのレース主催者の考え方が表れているんだと思います。サーキットへの来場を主眼において、現地でのファンサービスに徹するものもあるし。

ニューヨークはどうだった?

春川:そういえばニューヨークの最終戦に行ってきたんですよね。どうでした?

大山:13戦中11戦は公道を閉鎖したコースでしたが、さすがにニューヨーク市内の公道を大規模に閉鎖できないので、自由の女神やマンハッタンの摩天楼が見渡せるブルックリン地区のフェリー埠頭に特設コースを設けていました。静かだから都心部でできるって話をしましたが、静かだから音楽も楽しんじゃおうという工夫もありましたね。スノボの大会なんかでスタジアムの屋内でやるイベントがあるじゃないですか。DJがズンドコ回しながら。ああいうノリで、レース中や前後に代わる代わるDJが登壇して、ライブを楽しむ企画もありました。

春川:スノボだとヒップホップっぽいですが、FEだとどんなジャンルなんでしょうね?

大山:電気だからエレクトロやEDMかな(笑)

春川:どんなファンを取り込もうとしてるんですかね。ゲーム好きとか?

大山:ゲーム好きというと、日本ではまだ限られたコミュニティという見られ方をされますが、海外ではe-スポーツも盛んですし「若者全般」にアピールしているという感じですね。あとはDJカルチャーに親和性の高い若者。

春川:他に現場で見ることの違いはありました?

大山:3つありました。1つは、さっきから「音が静か」とは言ってきましたが、実は「キィーン」というジェット機のような音が結構大きくて、思った以上に迫力あるんですよ。2つ目は市街地の公道を閉鎖するので、常設サーキットよりコース幅が狭いためにスピード感がありますね。すぐ壁が迫っているというか。3つ目は、そのためコースと観客がとても近いので迫力があります。

(現地の雰囲気を歩きながらお伝えしたライブ配信のアーカイブ)

日産はなぜ参戦?

春川:「フォーミュラ」というからには、何かクルマに決まりがあるんですよね? 小さい頃ミニ四駆で「このモーターは使っちゃダメ」とかありましたけど。

大山:あります。レースのカテゴリは、マシンの開発競争が激化して参戦コストが高騰すると、参戦のハードルが上がりカテゴリ自体が消滅してしまうという歴史を繰り返してきました。フォーミュラEは今後何年も続けられるよう、参戦コストを抑える工夫がされていて、車体、シャシー、バッテリー、ブレーキ、タイヤなどはワンメーク(共通部品)で、各チームはモーター、インバーター、ギヤボックス、冷却系統、制御システムを独自開発できるようになっています。

春川:そこがメーカーとしての腕の見せ所なんですね。日産が参戦する理由というか。

大山:そうそう。確かに日産は伝統的に、「ハコのレース」といわれる乗用車のかたちを維持したツーリングカーレースを中心に参戦してきました。今回あえてFEに参戦したのは、「電気自動車=エコカー=つまらない」というイメージを打破したい。EVって走っても楽しいんだということを、究極的に表現できる場だという想いからなんですよ。春川君みたいにあまりクルマやレースに詳しくなくても、多くの皆さんにファンになっていただきたいですね。

次のシーズン6(2019-2020)は11月22日サウジアラビア戦で開幕します。それまでじっくり動画で予習してくださいね!

日産初勝利! 第12戦ダイジェスト動画

第13戦(最終戦)ダイジェスト動画

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